「生活の目的」に基づきニーズの優先順位を設定
      −MDS−HCと伊都医師会方式の比較検討ー
    小西紀彦 和歌山県・伊都医師会会長/橋本市・小西医院院長
     伊都医師会高齢者問題研究会
    *小西紀彦、松浦典代、萩原義種、西岡弘八、田中衣子、飯塚忠史、松浦良和、岩見恭子


◎豊かな暮らしの確保をテーマに研究会
 公的介護保険は、施行間際のわずか2週間余りでケアマネジメントを行わなければならないという異常事態の中で開始日を迎えた。準備要介護認定期間から現在までの間に気づいただけでも、現場は次のような問題を抱えている。
@一人の聞き取りによる調査票には自ずと限界があるにもかかわらず、認定作業に多大な労力が使われている。
A時間切れの条件下でケアプランの作成は既存のサービスを割り振ることに終始せざるを得ない。
B利用者の要望に基づいた計画であるにせよ、ケアプランの作成が1人のケアマネジャーに委ねられてしまう傾向があり、他のサービス担当者にはよく見えない。
 新しい制度に混乱はつきものとしても、このような現状を口実にしてケアマネジメントの質の低下を黙過してしまうべきではない。今こそ介護保険の目的が自立とQOLの向上であることに立ち返って、単に高齢者の要望に従うだけではなく、医療福祉関係の専門職が共通のニーズに基づいたサービスの質と量を確保するためのケアマネジメントを追究しなければならない。
 伊都医師会高齢化問題研究会では「高齢者の豊かな暮らしの確保」をテーマに、医療と福祉の連携を地域医療に生かそうと努めてきた。94年には独自のケアマネジメント票を作成し、医療・福祉の現場で使用してきた。ここでは事例を通して、現在汎用されているMDS−HC方式と比較検討をしてみたい。

伊都医師会ケアマネジメント票の基本的視点
 まず独自のケアマネジメント票を開発するにあたって重視した基本的視点を挙げる。
(1)要望をニーズに高め、分析する
利用者の要望を傾聴しても、いまだ本来あるべき目標に対してのニーズを把握したとはいえず、専門職でさえ、ニーズとして捉えているとは言い難いのが現状である。利用者の自己負担によってサービス量を制限せざるを得ない現状を踏まえ、QOLを高めるために、ニーズ分析能力を専門職の技量にまで高める必要がある。
(2)問題指摘型から目的志向型へ
従来の医療は診断の過程で問題を分析し、それへの対処を行ってきた。伊都医師会ケアマネジメント票では、その分析力を基礎にしながら、生活の目的(インパクトゴール)を設定し、そこから派生するニーズに起因したプランを作成する。
(3)残存能力を生かす
“患側”にのみ目を奪われず、“健側”を生かして、利用者が快適な生活を確保できるよう支援する。
(4)遠慮がちに生きる高齢者の尊厳を重視
 自立とQOLの基礎は尊厳である。研究会ではニーズを10項目に大きく分類したが、その中に「人格・意欲」を項目として入れた。
(5)専門職による総合的なプランの作成
 科学として長い歴史をもつ医療を軸にして、福祉職がもつ能力を発展させることも念頭に置いた。
(6)困難なケースについても共通認識を得やすい
 従来のケアマネジメントでは、サービス調整チームにより情報交換し、サービスを調整していたが、介護保険の現状の中では、1人のケアマネジャーに委ねられてしまう傾向がある。特に、難しいケースについては、緻密なチームワークの下に、集団で行うケアマネジメントを復活させ、活発にする必要がある。

伊都医師会アセスメント票の特徴
 われわれが考えるケアマネジメントの基本的プロセスは、図1の通りである。
 
 図1 伊都医師会ケアマネジメント票のプロセス  

利用者からの要望を聞く
アセスメント(評価)を行う
↓  
豊かな暮らしに必要なニーズを分析する
 ↓  
生活の目的=インパクトゴール(影響の大きな目標)を設定する
 ↓  
インパクトゴールに向けてケアプランを立てる

 伊都医師会ケアマネジメント票の特徴としては、次のような点が挙げられる。
(1)3方向からの評価
 アセスメント(評価)は、基本的に、@身体機能、Aセルフケア能力、B介護支援の3方向から行う。
 「身体機能」は、看護診断(NANDA;北米看護診断協会1))から選択した。看護診断は、身体を統合的にとらえ、あるべき姿からの歪みを元へ戻すという考え方であり、われわれの視点に合致すると考えた。
「セルフケア能力」は、FIM(Functional Independent Mesure2))を参考にした。身体的生活動作能力だけでなく、精神的能力を評価するため、関係・役割、価値・選択を追加した。
「介護支援」については、家族の過大な負担によって在宅介護が成り立っている現状があることから、介護者と支援体制の評価は不可欠であると考えた。
(2)ニーズ10項目の枠組み
 マクスリー3)によるニーズ分類から、教育など高齢者に関係の薄いものを除外し、竹内孝仁4)が生活を営むうえでの基本的な枠組として挙げている「8つのニーズ」に「人格・意欲」と「公共サービス」を追加し、10の枠組みとして構成した。「人格・意欲」は、高齢者の尊厳を表わすものとして不可欠である。
 「公共サービス」はニーズとしては一見不適切に思えるが、介護は家族が行うものであるという考えが未だ根強いうえに、介護保険では利用者自己負担のためにサービスが自己規制されかねない状況である。そこで、あえて公共サービスをニーズとして取り上げ、定着させるべきであると考えた。
(3)「生活の目的」(インパクトゴール)の設定
 尊厳を基礎に自立とQOLの改善を目指すために、豊かな暮らしの目標としてインパクトゴールを設定した。これは再アセスメントによってさらに高められる。

生活のイメージが把握しやすいアセスメント票
 次に、事例を通じて伊都医師会ケアマネジメント票の特徴を具体的に示してみたい。

  <事例>
  92歳の女性で、認定結果は要介護4。1987年、79歳の時に脳梗塞、右片麻痺となった。
  息子の作った手すりにより、ポータブルトイレに移乗していたが、膝の屈曲拘縮のため移乗
  不能となった。おしめをするくらいなら「わしゃ死にたい」と呟くことが多かったが、作業療法と
  ポータブルトイレの改造により排泄はほば自立した。しかし、サービスの利用に関しては、19
  96年までの9年間、月1回の機能訓練事業を受けていただけであった。
  パ ジャマでテレビを見て過ごすベッド周りだけの生活が続いていたが、もともと明るい性格で
  あり、訪問看護ステーションが主催した花見会に出かけた折にも、率先してマイクを求め、周
  囲に笑いをふりまいた。
 MDS−HC方式は介護支援専門員実務研修等でも頻用されているが、アセスメント票の216項目15頁にわたる量の多さ、問題領域を選定する際の操作の繁雑さはよく指摘されるところである。上の事例に関して在宅ケアプラン指針として選定される領域は、表1のようになるが、これでは全体像をつかみにくいうえ、16項目中13項目が医療面で占められることになる。

 表1 MDS-HCによる事例の問題領域選定
1)機能面 1.ADL/リハビリの可能性 2.手段的日常生活能力 3.健康増進 4.施設入所のリスク
2)精神面 5.社会的機能
3)健康問題 6.転倒 7.口腔衛生 8.痛みの管理 9.褥瘡
4)ケアの管理 10.もろい支援体制 11.薬剤管理 12.保健予防サービス13.向精神薬 14.環境評価
5)失禁 15.排泄管理 16.尿失禁
 一方、伊都医師会アセスメント票では、90項目を5段階で評価し、5は自立、4は一部介助、3は部分介助、2は準介助、1は全介助と設定している(図2)。

図2 伊都医師会アセスメント票による事例のアセスメント結果


アセスメント後は、自立できる部分を評価し、自立できない項目をどのようにして自立に近づけるかについて考える。アセスメント票の作成にあたっては、アセスメント結果の全体像を1枚にまとめるとともに、評価をグラフ状に表せるようにし、経過を見極めやすくなるように考慮した。
 上の事例について伊都医師会ケアマネジメント票を使って利用者のニーズを選定したものが表2である。

  表2 伊都医師会ケアマネジメント票によるニーズの優先順位
1位 人格・意欲 7年間にわたる制限された生活にもかかわらず、ユー
モア精神に富む長所を生かす
2位 社会交流 月1回の外出を楽しみ、明るく交流できる方なので、
その回数を増やすように努める
3位 社会資源 通所ケアを取り入れる
4位 ADL/ADL 片麻痺対策に作業療法を行う
5位 補助機具 スロープにより、外出を容易にする
6位 医療 血圧管理
7位 リフレッシュメント 本人とともに介護者にも推進する
8位 家族との関係 上記ニーズが満たされると、自然に改善が期待される
9位 介護 方法は理解されており、課題に直面していない
10位 経済 安定しており課題はない
MDS−HC方式に比べ、居宅での利用者の生活のイメージがつかみやすくなっている。

生きがい活動による生活意欲の回復に重点
 この事例では、生活の目的(インパクトゴール)を「長年の不便な生活にもかかわらず、
持ち前のユーモア溢れる明るさがあるので、生きがい活動の実践により、自己存在を実感し、家族とともに生きる」と設定した。サービスの利用については、90年からの訪問介護、訪問着護、訪問リハビリテーションに加えて、97年デイ・ケア(通所リハビリテーション)を利用し始めた。仰臥位で入る機械浴を卒業させ、一般浴に介助で入れると「潜ってくるわよ」と言って、得意な水泳の腕前を披露した。さらに、その後、大好きな入浴時間さえ惜しんで織物(さをり織り)に熱中するようになった。本人にとって、指1本で織れる“さをり織り機”で、長らくできないと思っていた製作ができた喜びは大きく、織る夢を見るほどであったという。
 市民活動である「高齢化まちつくりの会」のシンポジウムでのインタビューでも「左手と左足で織ったんや」と答え、会場から大きな拍手を受けた。「介護される側」とされている高齢者が主役となった一コマであった。「わいは、若い時には嫁はんをいじめてたんや」と明るい口調で話しながらその嫁の服を作り、嫁と一緒に「さをりファッションショー」の舞台に立った。
 このように本人の意欲が増し、社会生活における人格が回復されてくると、嫁との関係にも改善が見られ、義歯も作り、孫の結婚祝を織るなど、生き生さとした生活を取り戻し、92歳の今も元気に生活している。
 以上のような事例検討を通じて、MDS−HC方式の問題点と伊都医師会方式の長所を対比させたのが表3である。

 表3 MDS-HCと伊都医師会ケアマネジメント票との対比
MDS-HC 伊都高齢者ケアマネジメント票
1)問題指摘型 インパクトゴールの設定による目的志向型
2)狭義の医療に片寄る 医療を軸にしながら生きることをトータルに把握
3)患者を見る 残存能力を生かす視点
4)穴埋め的ケアに陥りやすい 目標に向けて工夫するケア
5)羅列的でまとまりに欠ける ニーズの優先順位に従い実施すると後のニーズは 自然に解決する一貫性がある
 
利用者を最もよく知る者が「インパクトゴール」を設定すべき
MDS−HC方式と伊都医師会ケアマネジメント票について、主に領域指定とニーズの面から比較検討してみた。主に、前者の問題点と後者の長所を指摘する形となったが、後者についても万全と考えているわけではない。厚生省がかなりの時間と労力を費やした要介護認定の認定調査票ですら欠点がいろいろと指摘されており、われわれが作成したケアマネジメント票でも、自ずと限界があるといえよう。
 介護保険の「利用者本位」という理念からすれば、課題分析(アセスメント)においても、本来は、高齢者を最も良く知る者が利用者の「生活の目的」(インパクトゴール)を数行の文章に集約して的確に示し、それを基にニーズ分析を行うのが望ましい。そのうえで、ニーズの優先順位にしたがって、サービス提供につなぐ作業に簡素化されるべきであろう。
 ケアマネジャーやサービス提供者は、特定の事業者の利益を優先して考えるのではなく、根底的な人間愛から出発してニーズをサービス提供につなげるように努めなければならない。
 介護保険施行による混乱期には、岡本祐三5)がいう「自立促進的パターナリズム」を医療職、特に医師会が担い、新たな道標を示すべきであると思われる。
 このことは、要望や不満を語るのをためらい、遠慮がちに生きる高齢者のニーズを的確にとらえ、尊厳ある高齢期を保障するには、今何が必要かを示すことにほかならない。その一つの手段として、われわれもケアマネジメント票の改良を重ねていきたいと考えている。ただ、筆者の個人的感想としては92年に伊東博文氏にコーディネートをお願いした福祉先進国デンマークでの福祉研修において、一葉のアセスメント票すら提示されなかったことを今改めて思い出している。


〔参考文献〕
1)メアリーA.マテソン、エレアノールS.マコーネル「看護診断に老人看護1.2.3.4.5.」 医学書院
2)高橋秀寿「FIM総論」第2回FIM講習会.1993
3)デイビットP.マクスリー.「ケースマネジメント入門」 中央法規1994
4)竹内孝仁「ケアマネジメント」医歯薬出版1996
5)ルシア.ガムロス、岡本祐三、泰洋一訳「自立支援とはなにか」日本評論社